たび重なる裏切りと登校拒否をした中学時代

 

新しい仲間からのたび重なる裏切り

 

小学校で続いた6年間のイジメも
卒業間際でようやく止み、

中学は他の小学校からも
生徒が集まってくるし、

今度こそ、自分から積極的に
話しかけて友達をたくさん作るソ!
って張りきっていました。

 

そして、今度は
男子からのイジメもなく

最初のうちはすごく楽しく
過ごせていました。

小学校の私を知らない
新しい子もいたので、

幼なじみ以外の
友達も出来ました♪

 

中学1年の時、

ちょうど時期的に

ジャニーズでデビューしたてで
いちばん爆発的に売れていて

大人気だったのが光GENJIでした。

周りの9割がファン
といっても過言ではないほど
友達もみんなファンでした♪

あの売れ方や社会現象は
すごかったですよね~。


幼少期や小学校時代は

ピンクレディーや中山美穂さんなど
女性アイドルが好きたったので

男性アイドルには
全く興味ありませんでした(笑)

 

まぁ、少年隊やマッチさんは
カッコイイな~とは思ってたけど
ファンではなかったんですよね
( ̄▽ ̄;)

なので、中学の時は、

同じファン仲間が
たくさんいたおかげ
親しくなることが出来ました。

 

でも、話が合うのは
ジャニーズの話だけで

付き合う期間がどんどん
長くなればなるほど

新しく出来た友達の本性
見えてきたというか、

態度が変わっていくのが
分かりました。

 

私は、それまでイジメで
精神的にキズつけられてきて
人と関わること自体怖かったので、

仲良しグループ以外とは
話すことは苦手でした。

だからこそ、中学では
自分の方から
仲良くなって
もらえるようにしたい!と思い、


自分の気持ちを

ごまかしたくないし、

友達には嘘や隠し事はすまい!
と思っていたので、

何でも正直に素直に
打ち明けるようにしていました。


だけど、新しく出来た友達は

それを違う形で受け止めたようで、

『Mさんと仲良くすると何でもズバズバ言うから
 仲良くしない方が良いよ』

『Mさんと話さない方が良いよ』

ありもしないことを勝手に
言いふらされるようになりました。


私にはそんな気は
全くありませんし、
傷つけるようなことは全く言ってません。

でも、その頃はそんな事が
頻繁に
行われていて、

私が仲良くしようとすればするほど、
何度も仲間外れにされました。

だって、自分が同じ目に合った
経験があるし、だから、

人を悲しませるようなことは
しないようにしていました。


それでも昔から仲良しの友達は、

話せばちゃんと理解してくれて、

態度も変えることなく、変わらずずっと
私と仲良くしてくれました♪


でもその時私は、
もう、
自分自身すらも
信じられなくなって、

「私なんていちゃいけないんだ」
「私がいるとみんなが迷惑する」

と、小学校の頃のこともあり

自分は存在しては
ダメなんだと思いました。

だけど、
こんなことは母には言えず、
兄弟もいないので、

私はたった1人で
悩みを吐き出せずに
抱え込むようになりました。

 

いちばん仲良しだった親友からの裏切り

 

そんなことが続いていても、

私にはずっと仲良くしてくれてた
幼なじみ数人の他に、

中学で仲良くなって
いちばん仲が良かった
新しい親友がいました。

その子とは
家も近かったこともあり、

当時は私と同じ
光GENJIファンだったので
意気投合をして、

お互いの家にも良く
遊びに行ったりしていたし

趣味も一緒だったので、
めちゃくちゃ仲良しでした。

 

でも、そんな大好きだった
親友の子にある時言われました。

『「親友」はいらない。
 ただの友達がたくさんいればいい

私はずっと親友だと思って
心からその子を大切にしてたのに

その子の概念では、
私を親友とは
思ってないようでした。

 

後から聞いた話ですが、

その子はどうやら他の子にも
そんな態度をしていたようで、

みんな私のように嫌な思いを
していたことが分かりました。

私が仲良くしたい人ほど
みんな離れていくし、

もう誰も信じられなくなった私は、

対人恐怖症のような
感じに
なっていたので、

学校に行くのが本当にツラくて、

ある時から登校拒否
するようになりました。

 

登校拒否をしていた私を救ってくれたのは・・・

 

母もずっと
心配してくれていましたが

学校へ行きたくない私を
無理に行け!とは
言いませんでした。

その頃、私が全く家から
出ようとしなかったので、

心配してくれた幼なじみたちが
毎朝家に訪ねて来てくれて、

『学校へ行こうよ』
『一緒に行こうよ』
『何かあったら言ってあげるから』

と誘いに来てくれました。

でもそれでも
人と会うのが怖かった私は

学校へは全く行く気には
なかなかなれませんでした。

では、どうやって学校へ
行けるようになったかというと、

心配をした当時の男性の
担任の先生までもが、

何度も何度も家へ訪ねて来て
諦めずに根気よく、説得をしたり、
励ましに来てくれたのです。

その先生は身長も高く、
スポーツマンタイプで
ちょっと目つきも怖く、

どっちかというとクールで
口数も多くなく静かな人でした。

だから正直、
そんなに
一生懸命に色々と
やって下さるような

熱血な人には
見えなかったのですが・・・
(コラ!)

そんな風にして、
先生と仲良しの友達が

何度も何度も家に
来て下さる姿に
心を打たれた私は、

怖かったけど、でも、
頑張って働いて授業料を
払ってくれている

両親のためにもと

それからまた
学校へみんなと一緒に
行くようになりました。

 

学校へ行くようになった私のその後・・・

 

その後、3年になり、

私の中学の私の学年は、
10クラスまでありましたが、
最後の3年で9クラスに減りました。

でも、旧校舎には
8組までしか教室がなく、

旧校舎の隣にもう1つ
隣接されていた新校舎があり、
通路で繋がっていたのですが、

残りの9組だけが、
その
別校舎にあったんです。

私は3年のクラス替えで
ちょうど孤立をしていた
その9組になったので、

傷つけられた人とは
みんな校舎が離れていて

会わなくて済むようになり、

仲良しの友達と逢う時だけしか
旧校舎には用事もなく
行かなくて済んだので

そのおかげで
精神的にも解放され

少しずつですが学校にも
1人ででも行けるように
慣れていきました。

まぁ、それでも
新しい友達を作ることは
もう2度と出来なかったけど…。

 

色々とツラいことばかりで

今考えても正直楽しいことは

何ひとつ思い出せません(;^ω^)

だけど、いつも変わらず
仲良くしてくれていた
友達や幼なじみ、

そして、

いちばんツラい時に
真っ先に味方になってくれて
助け舟を出して下さった

担任の先生の想いに
救われて、

何とか義務教育を
卒業することが出来ました。

その出来事はこれから先も
ずっと忘れることはないし、
感謝しています。

だからこそ、私は今
人の想いを大事にしながら出来る
このブログメルマガアフィリ
惹かれたのかもしれません♪

そして、高校へと続きます。

 

 

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松尾たかよ

【福岡県在住/46歳】家族全員が他界し天涯孤独になり、生きる希望を無くした私が人生を取り戻すことが出来た、その秘密を発信しています♪ 私の詳しい自己紹介はプロフィールページで暴露しています(^^)/

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