遊ぶヒマもないほどの部活ざんまいの3年間

 

入った高校は女子だらけの園(笑)

 

私はもともと
頭が良かったわけじゃないので(;^ω^)

高校入試は私立1本で受けて
その高校にそのまま入学しました。

その高校は今は
共学になっていますが

私はその高校が
女子高の時の生徒でした。

 

その高校には4つの学科があり

私はその中でも、
もっとも授業が楽な

生活文化科という学科で
授業を学んでいました(笑)

 

もともとその女子高が
創設された時は

家政女学院だったのもあり、

その名残りで、女性のための
服飾や食物関連を

教える学校だったので

私は『食物栄養コース』
入りました。

なので普通の教科よりも
食物や栄養、調理実習などが
メインだったので、

正直、勉強もあまり
厳しくはなく、

どの教科も、

テストで最低でも
50点以上取っていれば
単位を取ることが出来ていました♪

頭が悪い私には
めっちゃ助かりました(笑)

 

私はその後、

その高校で3年間とある部活
やることになってしまいます(笑)

 

 

やめるつもりが、3年間部活ざんまい。

 

ある日、校内で
先輩に呼び止められ

いわゆる部活の勧誘ってやつで

私は運動は苦手なので、
入るなら文化部が良かったし、

全く部活なんて
やるつもり
なかったのですが

『嫌ならすぐ辞めて良いから』
先輩に説得を無理にさせられて、

しかたなく部室へついて行きました。

部室は校舎とは別の離れた場所に
専用の小屋があり、

入った先は吹奏楽部でした。

 

楽器なんて授業で吹いた
リコーダーとか、
そんなものだったので

 

ハードルが高かったし
すぐ断って帰るつもりでした。

 

だけど、先輩たちから
やりたい楽器の希望を聞かれて

 

次々と担当楽器が決まっていき、
私の番になる頃には、

金管楽器の中でも
いちばん大きな低音の

チューバ(TUBA)という楽器と

 

2番目に大きめな
ユーファニアム(Euphonium)
というのがあるのですが、

 

当時(平成2年)は、今みたいに
メジャーな楽器でもなかったし、

私は体型も小さかったし
重たかったので、めっちゃ嫌で
やりたくなかったけど、

もう1つのチューバは
いちばん大きい楽器なので、

私の座高だと、
口元が楽器に届かないため、

結局この楽器をやるしか
なくなってしまいました。

 

最初は勧誘されて
無理やり
始めましたが、

結局3年間続け、

最終的には28歳頃まで
続きました。

 

やっていた楽器

これが私がやってた楽器です。

 

 

 

 

 

 

夏休み・冬休み・春休みも練習ざんまい。

 

吹奏楽部の活動で、
いちばんの大きなステージが

夏休み中に行われる
吹奏楽コンクールです。

 

いつもはそれに向けて
課題曲と自由曲の2曲を
毎日練習します。

だから、夏は毎年
学校で合宿をしてたので

みっちり練習漬けでした
( ̄▽ ̄;)

 

それ以外にも春休みには

学校の文化祭での
演奏もありました。
(うちの学校では芸術祭)

 

あとは、年中を通して
地元の街や近隣の街からの依頼で

街のイベントのステージで吹いたり

 

他校からの依頼で
野球の応援の演奏にかり出され
野球場のスタンド席で暑い中吹いたり


祭りの時に街中でパレードをして

吹きながら街中を歩いたり、

 

高校を出てからは顧問と
OG(女子高なので)もいた
市民吹奏楽団いたので

地元の成人式でも
式典で演奏もしていました。

 

高校時代で一番大変だったのは、
マーチングをやった時ですね。

マーチングっていうのは
吹く楽曲の楽譜数曲を
全て頭の中に暗譜し、

楽器を吹きながら歩き回り
色々なフォーメーションに
移動をしながら、

全員で色々な形を作りながら
演奏をするというやつです。

分からない方は
ネットで検索してみてね

 

これがとにかく大変でした…。

私の楽器は大きめで重いし、
私は腕力も体力もないし
チビなので、とにかく地獄で…

 

うちの部は、私の1個上の
先輩が入学するまで

マーチングどころか、

2つ上の先輩の時までは
部員が10人もいなかったので
大した活動は全然してない部でした。

 

だから、マーチングの基礎全てを
みんな0から叩き込まれました。

きつかった記憶しかないです(笑)

しかも私は、楽器も初めて
ただでさえ上手くもないのに、

私の担当楽器って、
当時は人気の無い
マイナーな楽器でしたから

人が辞めてしまうと
誰もやりたいという人が
入ってこないので

辞めるに
辞められませんでした。

 

 

のちに1つ上の先輩が卒業し、

私が3年になったら、
私の楽器は私1人だけになり

後輩が出来るまでは
1人でその楽器のパートを
支えていました。

 

その吹奏楽部では、
肺活量を鍛えるために

毎朝、朝練があって

近所の川沿いを
2kmほど毎朝走り

1度につき40回の腹筋を5セット。
足上げというものを3セット

そんなキツい運動をして
楽器を少し練習してからの
1時間目の授業なので

正直午前中は疲れと眠気で
勉強出来ませんでした(笑)

 

でも学業が大事なので
さすがにテスト期間は
部活はなかったけど、

それ以外はの日は、

365日に近いほど
ほぼ毎日学校で
部活をしてました、

そして朝から晩まで
部活ざんまいだったし、

 

普通の高校生のように

バイトをしたり友達と
コンサートとかへ行ったりとか、


高校生らしいことをするヒマは

まったくありませんでした(-_-;)

そんな高校3年間でした。

 

部活のおかげで学んだ、自分にとって大切なこと。

 

かなりきつい高校生活でしたが
イジメも裏切りもなかったですし、

これまでの私を変えてくれる
きっかけになりました。

 

 

それまで私は、他人が怖く、
誰とも打ち解けられず
ビクビクしていたし、

自分にも自信がなく
他人とも話せない
かなりの人見知りでした。

 

だけど部員みんなで

1つの音楽を仕上げるために
毎日みんなで協力したり

後輩にも吹き方を
教えたりして

チームワークで
音楽を完成させることで

人と関わること
努力をし続けることの大切さ
学ぶことが出来ました♪

 

高校生活が終わるころには
過去のトラウマも薄れていて

「人が怖い」という感情も
「人見知り」という概念も

昔ほどひどくは
無くなっていたので

友達も増えましたし、
今まででいちばん充実した
生活を送れていました。

 

ただし、学生の間は
それでも何とか自分なりに
頑張ることが出来ましたが、

 

1歩外へ出て、
社会人になってみたら、
もっと波乱万丈な人生
私を待っていました。

 

 

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松尾貴世(たかよ)

【雇われ労働で生活に苦しむ方を応援】元:販売&接客&営業約20年│仕組みでの働き方を提案│YouTube歴2年│未経験でも安心して取り組める【note&SNS】でのコンテンツビジネスを提案中♪│1人っ子▶天涯孤独▶体を壊し仕事失う▶絶望▶2018年よりネットビジネスで再出発│持ち前の努力&前向きさ&行動力を武器に幸せを目指し活動中(^^)/ 私の詳しい自己紹介はプロフィールを見てね(^^)/

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